|
ベルギーの首都、ブリュッセルの都心はグラン・プラス。そこは、ゴシック・バロック様式の建物で囲まれた市役所前広場である。季節を問わず、世界各国からの旅行客で人の流れが絶えない賑やかな観光スポットであり、甘党の総本山ゴディバ・チョコ本店もある。そこから数分歩いた横通りの角には世界のどこのガーデンセンターでも見かける“小便小僧”が鎮座している小さな噴水がある。主の名前はブルッセルの最長老市民であるジュリアン君。彼のかわいらしい放水シーンをアメリカや日本からの観光客がパチリ、パチリとやっている。世界にあるモニュメントで一番の人気モノであるが、これに負けてないのがベルギービール。
東京の象徴的な中心地を“丸の内1−1−1”がとすれば、ベルギーでは、“グラン・プラス1番(Grand Place 1, 1000 Bruxelles)”となる。そこは世界最大のビール会社であるインベブ社(InBev)にとっては大切な登記上の住所。インベブと言われても聞きなれない社名であろう。10年前は、欧州ではそこそこ知られていた“ステラ・アルトワ(Stella Artois)”というビール会社であったが、90年代に企業買収による成長戦略に踏みだし、社名を“インターブルー(Interbrew)”と変えた。2003年に南米最大のビール会社、ブラジルのアムベブ(AmBev)社と大同合併を断行し、世界No.1のブランド、バドワイザーを有する米国のアンホイザー・ブッシュ社を凌駕する規模となり、社名をインベブとした。この数年間で急展開したグローバルな企業買収合戦の結果である。同社のトップマネジメントを構成するのは、ベルギー・カナダ・ブラジルの混成軍団。世界のビール業界関係者やマスコミ評からすると、同社マネジメントのパーフォーマンスと評価は、あと数年もしないうちに判明してくるようだ。こうした資本の論理による空中戦の現実の世界を離れ、現在でも生き生きと息づいているベルギーが誇る古きよきビールの歴史と文化を垣間見てみよう。
ベルギーは、九州ほどの大きさのオランダよりも小さい1000万人の小国であるが、ビールの歴史や文化談義を始めるとドイツや英国を越え、不思議な魅力を醸し出してくるビール大国である。
ドイツやチェコでは中世から“ガンブリヌス(Gambrinus)”と言えば、ビールの王様のことであるが、その発祥はドイツではなくベルギーなのである。13世紀のベルギー(ブラバント・ルーバン・アントワープ地方)のノンベイ君主でビール醸造の振興に熱心であった‘ヤン一世(Jan Primus)’の名前が転じてガンブリヌスとなった。これはベルギー人がドイツに誇れる自慢話のひとつである。
グラン・プラス広場の市庁舎の反対側にある1698年に建てられたギルドハウス。そこは、現在約120社で500種以上のビールが市場に投入しているベルギーの“ビール文化広報センター”。ビール酒造組合(Maison de Brasseur)の活動拠点でビール博物館を地下フロアに併設している(入場料:3ユーロ)。短時間でベルギービールの旅ができ、気軽にビールも飲める場所でありビール愛飲家の方にはお勧めしたい。
ベルギービールのおもしろさは、「空気中を浮遊する野生酵母によって麦汁を自然発酵させたビールをベースにいろんな味付けを加えていること」であろう。ドイツ人に言わせれば邪道かも知れないが、ビールの世界で自然発酵(Les fermentations spontanees)を売り物にしているのはベルギーくらいのもの。工場内に野生酵母やカビが入り込ませないのがビール業界の常識であるがベルギーは違うパラドックスの世界である。この自然発酵ビールは、ランビック(Le Lambic)と総称される。小麦モルト65%に小麦(原麦)35%とホップが主原料で大麦モルトは使用しない。世界の主流であるラガービールの味に慣れた舌には、そのまま飲むと酸っぱすぎるような味である。
これをベースに多種多様のフルーツビールが作られる。サクランボビールの“クリーク(Kriek)”は、酸味と甘味がバランスしており、ちびちびと飲めばデザートビールとして楽しめる。その他、イチゴビールの“フランボワーズ(Framboise)”やバナナビールなど多種多様、やや悪趣味なものをあげるとチョコレートビール。
クリークは、数千リットル入る木樽に入れた麦汁にサクランボを投入し、数週間するとランビックが赤ワイン色に染まってくる。1000リットルのクリークをつくるのに約250kg以上のサクランボを使用しているから、コストをかけたビールである。ランビックビール醸造所はブリュッセル市の西側に集中しており、冬場に仕込まれる。発酵は、オープンな発酵槽で行なわれ、窓も開かれて外から空気が流れ込む。北風や西風など風向きによって空気中を浮遊している野生酵母やカビ菌も違うことから、年によって味が違うのが当たり前という話を聞くと味わい方も変わってくるのでは…(?)。
|